コウノドリを見て、娘が早産で生まれた時のことを思い出しました
昨日はコウノドリ4話をみて涙腺崩壊でした。毎回だけど。
単行本も全巻もっているけど、ドラマもよいですね。
新生児、本物で、たまらなくかわいいです。
うちは第一子の娘が低体重児、早産児でした。
34週で生まれたわけですが、発達遅延もあったので、大きさは30週相当くらいで1600gほど。
昨日のドウノドリ23週には比べようはないですが、はやり小さく、肌は赤黒くて薄く、毛深く、赤ちゃんというよりは胎児という感じでした。
生まれてすぐに保育器に入り、私の体調のせいで会えたのは生まれた翌々日。だっこできたのはそのまた2日後かな。
おっぱいは当然吸えないのですが、母乳を出すために生まれた日から搾乳が始まります。
最初は私は帝王切開の術後の痛みが猛烈で動くこともできず、寝たまま助産師さんが絞ってくれました。その量0.5cc。
その0.5ccを注射器のようなスポイトで助産師さんがせっせとかき集めてくれました。3時間ごと。
かきあつめた母乳はスポイトごと冷凍して、赤ちゃんが飲めるようになったら、解凍して赤ちゃんに飲ませるわけです。
娘は低体重以外は問題がなかったので、NICUを卒業した子が大きくなるまでいるGCUというところで保育器生活をしていました。
帝王切開の傷がいたんでとても普通には歩けないわけですが、GCUまでの道のりを2,30mほど、点滴棒を支えに3時間ごとに面会に行き始めました。
最初、口から胃までチューブがつながっていて、母乳はそこからちょっとだけ流し込むところから始まりました。たぶん1ccとか。
4日頃にはチューブが外れて、スプーンとスポイトが合体したような容器で母乳をあげ始めるのと、5日目についに直接母乳(直母)の練習開始。
でも、低体重児、体力が全然ないので数回吸っては疲れ果て、熟睡しちゃいます。
直母のあとは、病室に戻って搾乳。30分くらい。
3時間おきにGCUに訪問、搾乳をするので結構忙しい入院生活でした。
生後10日で私は退院。娘はそこから1ヶ月半GCUに入院しました。
入院している娘のために、おうちでも3時間ごとに搾乳する生活が始まります。
メデラのシンフォニーという搾乳マシンをレンタルし、昼も夜も3時間後に搾乳。
母乳パックに詰め、冷凍し、毎日病院へと運びます。
母乳は出すのをやめると止まってしまうので、サボるわけにはいきません。
特に夜中に目覚ましをかけての搾乳はさみしくつらいものがありましたが、子のためにできることはこんなことしかできないと、がんばりました。
昼は13時から19時頃までGCUに面会。バス電車をのりついで片道1時間ちょっとかな。
まあ娘は相変わらず寝てばかりですが、おっぱいあげたり、オムツ交換したり、沐浴したり、搾乳したりの他は、娘のコット(小さいベッド)の横のパイプいすでひたすら本をよんでました。
ちょうど予定日のあたり、娘2200gで退院。
1日も欠かさず通ったGCUを卒業するときは、うれしさと、さみしさで感無量。
涙涙で卒業になりました。
最後に、娘の出産報告をしたとき、しばらくGCUに入院になりまして、と報告すると、結構「退院したら大変になるからいまのうちゆっくりしてね」と言われて結構嫌な気持ちになりました。
NICU・GCUに子が入院すると、痛む体で遠くの病院まで毎日面会行き、面会中は横になることもできません。
また昼夜とわず搾乳を続けなきゃいけないし、結構体もつらく忙しいものです。
子供が入院してるから今は楽だろう、のような声はかけないでほしいなあと思います。
(実際、普通に生まれて普通に退院した息子の出産後の楽なこと・・・!)